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母との残り日23-昭和の日

桜満開の「昭和の日」晴れた朝に母は逝ってしまった。

縮小桜千里香
 姉は遠くから母を案じては電車賃やままならぬ時間をやりくりしてたびたび帰省していた。そんな長女をねぎらうために最後にこんなにも美しく桜が咲き誇る日に姉を呼び戻したかとも思われた。
 四月初めに転院した直後から高熱を発し絶食状態に陥った母はまもなくMRSA菌感染がわかり半隔離室で点滴と酸素吸入、導尿のパイプにつながれてしまった。
 痛い思いや苦痛だけは味わわせたくないと思う一方で栄養源や抗生物質の点滴、酸素吸入は避けられず、手足の拘束も加わり体力の残っていない母には拷問となった。「もう生ぎらいね・・」と体が訴えていた。
 その一週間前、長く看護婦を勤めている知人を訪ねた。「点滴を外してやりたい」思いは医師や病院側の認識に対しどの程度ずれたり理不尽だったりするものなのか実際の対応例などを現場の目から、でも当事者としてではなく聞いてみたかったのだ。
いろいろ話してくれたあと「家族の希望は優先されるので相談してみて」と励まされほっとして姉、弟とも話し合い担当の医師に申し出ようとしていた矢先病状が急変した。
九十歳と二カ月の母の人生は閉じられ、娘にあいた大きな穴の中にはそれでも桜の花びらが優しく散りつもっているような気がしている。
 

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プロフィール

おてんばば

Author:おてんばば
otembaba 長浜友子
(Nagahama Tomoko )
2006年からドイツとポーランドで日本語教師。大学の学生寮になぜかひとり、昔々の女学生が・・・
2008年から野の国ポーランドに再び住み始め、スケッチと簡素な暮らしの不自由さを楽しんだり、嘆いたり。
ポーランド語訳付 tłumaczenie na język polski:Judyta Yamato

2010年10月帰国

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